「世界卓球と世界選手権って同じものですか」

え、同じですけど。そう答えてくれる貴方にすかさず聞き直したい。

卓球の世界選手権は、いつから世界卓球になったのだろう。

恥ずかしながら、しばらく前まで「世界卓球」という別の派手な大会をテレビ東京が中継している可能性もわずかにあると睨んでいた。
見当違いの睨みだった。
冒頭で、はっきりさせておきたい。

世界選手権と、世界卓球は同じ大会のことです。




写真:世界選手権2013パリ大会の会場/提供:卓球レポート/バタフライ

2006年ブレーメン大会から

「“世界卓球”という呼び名を使い始めたのは、2006年ブレーメン大会からですね」世界卓球中継の総合演出を長く担当する、テレビ東京の河野乃輔(こうのだいすけ)さんは振り返る。

“当時のプロデューサーたちの話をまとめると、ですが”と断った上で、その意図をこう明かしてくれた。
「既に世界陸上や世界水泳が認知されていたので、その規模感や認知度まで私たちの卓球中継も持っていきたいという思い。もう一つは、当時卓球に馴染みのない多くの視聴者にとって、少しでも呼びやすく、見た目もわかりやすい漢字4文字の呼び名にしたかったんです」




写真:世界選手権2006ブレーメン大会男子団体準決勝の1番、ドイツの“皇帝”ボルが馬琳に逆転勝利し、会場が大いに盛り上がる/提供:卓球レポート/バタフライ

テレビ東京が卓球中継を始めた2005年上海大会はまだ「世界卓球選手権大会」という表記で放送していた。一年目に手応えを感じたテレビ東京が、二年目からいよいよ本腰を入れて“推し”始めたとき、その呼び名も“世界卓球”になったのだ。




写真:2006年ブレーメン大会で女子団体3位となった日本女子選手団/提供:卓球レポート/バタフライ

世界選手権と日本選手団

ところで、卓球が五輪種目になったのは1988年のソウル五輪からだ。
それまで、卓球選手やファンにとって「日本が世界と真剣勝負する」場所は、いくつかの国際トーナメントを除けば、世界選手権のことだった。

ちなみに、卓球の世界選手権第1回は1926年にイギリスで開催された。
日本選手団が初めて世界選手権に出場したのは1952年、インドのボンベイで行われた第19回大会である。そこで日本選手団は、全7種目中の4種目で優勝する。
なんという鳴り物入りのルーキー感。

ただ、敗戦国・日本がこのボンベイ大会に参加するためには、その前に国際卓球連盟に復帰しなければならなかった(太平洋戦争の始まった1941年に日本は除名)。
反対する国もあり、なんとか条件付きで1949年に再加盟を果たしたが、このタイミングでの国際競技連盟への復帰は、日本の全ての競技の中で卓球が初めてだった。
なんという前陣速攻の鳴り物入りのルーキー感。

そして、世界選手権に正式に参加できたのがこの1952年の第19回ボンベイ大会だったのだ。そこには、当時お金のない日本卓球協会が“インドであればどうにか選手団を派遣できる”という財政事情もあったという。
なんという裸足の、もういいですか。

歴史を深堀りしすぎてしまった。2万字になってしまう。
卓球に世界選手権しかなかった時代には、多くの珠玉のエピソードが残されている。

史上初のアメリカ開催は「ピンポン外交から50年」

史上初のアメリカ開催となるヒューストン大会についてだ。
アメリカで卓球なんて、という大方の消極的な予想に反し、チケット販売開始と同時に準決勝・決勝、VIP席などは早々にソールドアウトした。

「地元ヒューストンでの関心の大きさを実感しています」現地大会組織委員会CEOのジャニス・バーク氏は語る。




写真:2019ブダペスト大会の会場/提供:卓球レポート/バタフライ

アメリカ国民は様々なスポーツが好きで、一度注目を集めてルールが理解できると興味を持つ傾向がある、とジャニス氏は期待を込める。
「1990年代にアメリカで開催されたサッカーワールドカップでは、各州で何千人もの若い選手がチームを組んでプレーしていて、今では主流のスポーツとなっています。ラグビーも近年アメリカで大きな国際試合が開催されるようになり、人気を集めています」。

今回の開催をアメリカでの卓球普及の契機にしたい。世界中の卓球人の願いだ。

「あと、2021年はピンポン外交50周年の年でもあります。開催するには素晴らしい年だと思い、招致を決めました」

ですよね、えーっと、ピンポン外交。




写真:国際政治の場面で登場する“ピンポン外交”のワード/提供:Press Association/アフロ

1971年名古屋大会で起こった“ピンポン外交”

時は1971年。東西冷戦下の米中両国。中国は文化大革命の真っ只中にあったが、開催国日本卓球協会からの熱心な働きかけで6年ぶりに世界選手権に参加したのが、名古屋大会だった。

ある日、試合会場に向かう中国選手団のバスに、一人のアメリカ代表選手が間違えて乗車する。当時「アメリカの選手とだけは接触してはならない」とされていた中国選手団だったが、後部座席からエース・荘則棟選手が歩み寄り、お土産のペナントを渡して友好的な言葉を交わした。

それを契機に、中国が「アメリカ選手団を中国に招待する」と発表、卓球会場で起きたそのニュースは瞬く間に世界を駆け巡った。
その後の米中国交樹立に大きく貢献したと言われる出来事が“ピンポン外交”である。

“小さな卓球のボールが、大きな地球を動かした”年からちょうど50年の節目を、決して卓球がメジャースポーツではないアメリカの卓球人たちが覚えていて、世界選手権を初めて招致し、実現した。

古今東西の卓球人が大切にしてきた友好の思いを感じて胸が熱くなるし、あと、本当に原稿が2万字になりそうなので、現代に話を戻す。




写真:1971年名古屋大会での中国選手団/提供:卓球レポート/バタフライ

個人戦と団体戦が毎年交互に開催される

世界選手権が少しわかりにくいのは、個人戦と団体戦が一年ごとに交互に開催されることかもしれない。

2001年の大阪大会までは2年に一度同時に開催していたが※、大会期間が約14日間にも及び、あまりに選手・関係者の負担が大きいということで、それ以降は個人と団体に分けて毎年行うようになった。 ※1999年と2000年は分離開催
ただ、実は覚えやすいのは、奇数年が個人戦、偶数年が団体戦なのだ。だからヒューストン大会2021は個人戦だ。
あと、いまだに覚えられないのが、スターバックスのドリンクカップサイズは、SはShort(ショート)なのに、MはTall(トール)で、LはGrande(グランデ)なのだ。でも、Lと言ってしまってもほとんどの場合、グランデですねと優しく再確認してもらえる。

もう一つ、世界選手権が特別である理由

卓球の世界選手権には、五輪にはない、もう一つ大きな特徴がある。
中国選手が多く出場するのだ。

シングルスで言えば、五輪は代表各国男女2人に対して、世界選手権は男女最大各5人。つまり、中国からは男女各5人がエントリーする。




写真:男子世界ランキング1位の樊振東/提供:ittfworld

日本も世界ランキング等の条件を満たすため男女各5人が参加するが、当然ながら世界選手権のほうが勝ち上がっていく際に中国選手と当たる可能性が高くなる。
語弊を恐れずに言えば、出場する選手としては、五輪よりもハイレベルな戦いの舞台が卓球の世界選手権だと言えるのだ。




写真:女子世界ランキング1位の陳夢(中国)/提供:ittfworld

もう一つ、大切なこと「卓球人の思いが込められている」

卓球総合メーカーのリーディングカンパニー、バタフライブランドで知られる株式会社タマス(以下タマス)の大澤卓子(おおさわたかこ)社長に「五輪と世界選手権の違いって何か感じますか」と尋ねたときの答えが、とても印象に残っている。

「五輪は、招致の場所を卓球人が関与して決めているわけではありませんよね。でも世界選手権は、それぞれの国の卓球協会が“ここで世界一を決める卓球の大会を開きたい”と、手を挙げてから始まります。卓球に携わる人たちのその心意気はやっぱり感じます。今回の史上初のアメリカ開催となるヒューストン大会も、なんとかアメリカで開きたいっていう、その地域で卓球に携わり、支えてきた方々の思いからですよね。世界選手権には、この地に卓球を広げたいという、卓球を愛する人たちの思いが込められていると思います」




写真:タマス代表取締役社長 大澤卓子さん/撮影:卓球レポート/バタフライ

そして、コロナがやってきて

2020年3月開催予定だった世界選手権釜山大会は、戦後初めて中止となった。
ピンポン外交以降も、1991年千葉大会での南北コリア統一チーム結成など、世界選手権の舞台で卓球人たちは、絡まった国際政治情勢にも果敢に働きかけ、小さなボールスポーツができる“世界の友好”を訴えてきた。

でも、ウイルスには勝てなかった。

いや、違う。
昨年もし開催を強行したとしても、そこに誰も勝者はいなかっただろう。
でも今は違う。私たちを含む世界の卓球界は、一つずつ知見を得ながら、また歩み始めている。




写真:張本智和(木下グループ)/提供:ittfworld

世界選手権“ファイナル”?

今回の世界選手権ヒューストン大会には、「World Table Tennis Championships Finals」と、さりげなく末尾に“ファイナル”がついている。
これは本大会の規模を縮小するため、各地域、大陸で予選大会が行われ、勝ち上がった選手たちが世界選手権に出場する仕組みとなったことを意味している。※今大会はコロナ禍のため予選大会の開催がかなわず、世界ランキングにより出場者を決定

気がつけばITTFのCEOスティーブと対峙

いま世界の卓球界では、国際卓球連盟(ITTF)が主導する形でWTT(World Table Tennis)という新しい枠組みが作られ、世界選手権の形式や位置づけも変わろうとしている。

長く続いてきた世界卓球選手権の軌跡に対して、このWTTも含めて、少し改革が急すぎるのではないか。

ふと気がつけば、国際卓球連盟CEOスティーブ・デイントン氏に、オンラインで直接インタビューすることになっていたのだった。

えーっと、自分でオファーしておいてなんですが、相手がVIPすぎないですか。
(続く)




写真:劉国梁・中国卓球協会会長(左)と肩を組むスティーブ・デイントンITTF・CEO(右)/提供:新華社/アフロ

取材・文:槌谷昭人(ラリーズ編集長)